建物明渡しと立ち退き料|オーナーが知っておくべき正当事由と金額の決まり方

所有するアパートの老朽化が進み、建て替えを検討している。テナントビルを解体して土地を活用したい。相続した建物を自分で使いたい。

こうした場面で必ず直面するのが、入居者に退去してもらえるのか、そのためにいくら支払う必要があるのか、という問題です。

インターネットで「立ち退き料 相場」と検索すると、「家賃の6か月から1年分程度」という説明が多く見つかります。しかし、この数字だけを前提に計画を立てると、実際の交渉で大きく想定が狂うことになりかねません。立ち退き料には、交渉の場で語られる相場と、裁判所が算定する水準という、二つの異なる基準が存在するからです。

この記事では、建物の明渡しを求める貸主・オーナーの立場から、法律上の要件、立ち退き料の決まり方、そして支払額を適正な範囲に収めるための実務について解説します。

Contents
  1. 貸主から賃貸借契約を終了させるには「正当事由」が必要
  2. 立ち退き料の「相場」には二つの水準がある
  3. 立ち退き料の金額を構成する要素
  4. ケース別に見る明渡しの難易度
  5. 転貸・サブリースがある物件の明渡し
  6. 立ち退き料を適正な範囲に抑えるための実務
  7. 明渡しが実現するまでの流れと期間の目安
  8. 札幌・北海道で明渡しを進める際の注意点
  9. 契約段階での予防と弁護士に依頼するメリット
  10. まとめ

貸主から賃貸借契約を終了させるには「正当事由」が必要

更新拒絶と解約申入れという2つの方法

建物の賃貸借契約を貸主の側から終了させる方法は、契約の形態によって異なります。

期間の定めがある契約では、期間満了時に更新を拒絶することになります。この場合、期間満了の1年前から6か月前までの間に、更新しない旨の通知を出さなければなりません(借地借家法26条1項)。この期間を過ぎてしまうと、契約は従前と同一の条件で更新されたものとして扱われます。

期間の定めがない契約では、解約の申入れを行い、その日から6か月が経過した時点で契約が終了します(同法27条1項)。

いずれの場合も、これらの手続きだけで当然に明渡しを求められるわけではありません。次に述べる正当事由が必要です。

通知の時期を誤ると契約が更新されてしまう

実務上、見落とされやすい落とし穴が二つあります。

一つは、通知の時期です。更新拒絶の通知は、期間満了の1年前から6か月前までの間に出す必要があり、6か月を切ってから出した通知では間に合いません。これより前の時期に出した通知の効力については見解が分かれているため、早い段階で通知を出した場合であっても、通知期間内に改めて通知を出しておくのが安全です。いずれにせよ、建て替えの計画時期から逆算して、通知のタイミングを管理する必要があります。

もう一つは、期間満了後の対応です。適法に更新拒絶の通知を出していても、期間満了後に賃借人がそのまま建物の使用を続け、貸主が遅滞なく異議を述べなかった場合には、契約は更新されたものとみなされます(同法26条2項)。解約申入れの場合も同様です。「通知は出したのだから大丈夫」と考えて放置すると、振り出しに戻ってしまいます。

あわせて押さえておきたいのが、正当事由がいつの時点で必要かという問題です。正当事由は、通知の時点で存在していれば足りるというものではなく、期間の満了時(解約申入れの場合は申入れから6か月を経過した時点)まで存続している必要があるとされています。通知を出した後に貸主側の事情が変わり、その建物を使用する必要性が失われたような場合には、正当事由が認められなくなることがあります。交渉が長期化する事案では、当初の必要性を裏付ける状況が維持されているかを随時確認しておく必要があります。

正当事由を判断する4つの要素

借地借家法28条は、更新拒絶や解約申入れが認められるための正当事由について、次の事情を考慮して判断すると定めています。

第一に、貸主と借主それぞれが建物の使用を必要とする事情です。これが判断の中心となります。貸主側にどれだけ切実な必要性があるか、借主側がその建物を失うことでどれだけの不利益を受けるかが比較されます。

第二に、賃貸借に関する従前の経過です。契約期間の長さ、賃料が相場と比べて低廉であったか、過去に賃料の滞納やトラブルがあったかといった事情が含まれます。

第三に、建物の利用状況および建物の現況です。借主が実際にどの程度その建物を使っているか、建物の老朽化や耐震性がどの程度の状態にあるかが評価されます。

第四に、立ち退き料の申出です。条文では「財産上の給付をする旨の申出」と表現されています。ここが重要な点で、立ち退き料は正当事由そのものではなく、あくまで他の事情を補完する要素として位置づけられています。

賃料滞納や用法違反による解除との違い

以上は、借主に落ち度がない場合に、貸主の都合で契約を終了させる場面の話です。

これに対して、賃料の長期滞納、無断転貸、契約で定めた用途に反する使用といった債務不履行がある場合には、契約の解除によって明渡しを求めることになり、正当事由も立ち退き料も必要ありません。この場合の判断基準は、当事者間の信頼関係が破壊されたといえるかどうかです。

自分のケースがどちらに当たるのかによって、進め方が根本的に変わります。まずここを見極めることが出発点です。

なお、賃料滞納を理由とする解除の具体的な手順や、そのほかの不動産トラブル全般については、別記事「不動産トラブルを札幌の弁護士が解説」で解説しています。

立ち退き料の「相場」には二つの水準がある

借主向けの情報として流通している相場

賃借人向けに書かれた記事の多くは、立ち退き料の相場として「家賃の6か月から1年分程度」という水準を示しています。賃料8万円の住宅であれば、48万円から96万円という計算です。

この水準は、交渉によって円満に合意が成立する場合の一つの目安としては、実態から大きく外れているわけではありません。実際、当事者間の話し合いで、引越費用に賃料の数か月分を加えた金額で合意に至るケースは多くあります。

裁判所が算定する水準はこれより高くなることがある

一方で、交渉がまとまらず訴訟に至った場合、裁判所が認定する立ち退き料はこれより高い水準になることが少なくありません。

裁判例の傾向としては、賃料5万円から10万円程度の老朽化した居住用建物について、200万円前後の立ち退き料を認定した例が報告されています。賃料の20か月分から40か月分に相当する金額です。営業用の店舗については、移転による顧客喪失の補償が加わるため、賃料10万円前後の小規模店舗であっても1,000万円を超える認定がなされた例があるとされています。

もっとも、これらはいずれも個別の事案における認定額です。建物の状態、貸主側の必要性の程度、借主の業種や営業の実績によって金額は大きく変動しますので、自らの物件について見通しを立てる際には、事案の近い裁判例を具体的に検討する必要があります。

この乖離が意味するのは、「相場」を根拠に低い金額を提示し続けて交渉が決裂した場合、最終的な負担がかえって大きくなり得るということです。オーナーとしては、交渉決裂時の見通しを踏まえたうえで、どの水準で合意を目指すかを判断する必要があります。

正当事由が強いほど立ち退き料は下がる

もう一つ押さえておくべき原則があります。立ち退き料は正当事由を補完するものである以上、正当事由が強ければ強いほど、必要な金額は下がるという関係です。

建物が著しく老朽化して安全性に重大な問題があり、貸主自身にも建物を使用する切実な必要性がある。そうした事情が揃っていれば、立ち退き料は低額で足りることになります。極端な場合には、立ち退き料なしで正当事由が認められることもあり得ます。

逆に、単に「建て替えて賃料を上げたい」「売却したい」という動機だけでは正当事由として弱く、その不足を補うために高額の立ち退き料が必要になります。

つまり、立ち退き料の金額を左右する最大の要因は、交渉の巧拙ではなく、正当事由をどれだけ積み上げられるかにあるということです。

立ち退き料の金額を構成する要素

立ち退き料には法律上の算定式がありません。実務上は、借主に生じる経済的な損失を積み上げて算定していきます。借主側から請求される項目を、あらかじめ把握しておくことが交渉の前提となります。

移転費用と新規契約の初期費用

最も基本的な項目です。引越業者の費用、荷物の梱包・運搬費、大型設備の移設費用に加え、移転先を契約する際の敷金・礼金・仲介手数料が含まれます。事業用であれば、取引先への移転通知の費用や、登記の変更費用が加わります。

これらは実費であり、見積書等の資料によって裏付けられるため、争いになりにくい部分です。

賃料差額の補償

現在の賃料が周辺相場より低い場合、借主は移転によって賃料負担が増加します。この差額を一定期間分補償するという考え方が一般的です。

補償期間は事案によりますが、1年分から3年分が目安とされることが多く、正当事由が弱いほど長期の補償が求められる傾向にあります。長期間にわたって低廉な賃料で貸し続けてきた物件ほど、この項目が膨らみやすいという点には注意が必要です。

営業補償(事業用物件の場合)

店舗や事務所の場合、居住用にはない項目が加わります。移転に伴う休業期間中の利益の減少、休業中も発生する人件費等の固定費、そして移転によって従来の顧客を失うことへの補償です。

飲食店や理美容店のように立地と顧客が結びついている業種では、この営業補償が立ち退き料の大半を占めることになります。事務所やデータ保管目的の倉庫のように場所を選ばない用途であれば、営業補償は問題になりにくく、金額も抑えられます。

借家権価格という考え方

借主側からは、借家権そのものの財産的価値を補償すべきだという主張がなされることがあります。不動産鑑定の手法により、賃料差額を還元する方式や、土地建物の価格に借地権割合・借家権割合を乗じる方式などで算定されます。

ただし、借家権価格を立ち退き料の算定に用いることについては、裁判実務でも評価が分かれています。これを考慮しない裁判例も多く、考慮する場合でも他の事情によって減額されることがあります。借主側から高額の借家権価格を根拠とする請求を受けた場合、その算定方法自体が争点になり得るということです。

なお、慰謝料や迷惑料といった名目での請求がなされることもありますが、これらに明確な法的根拠があるわけではなく、他の項目に上乗せする形での調整要素と理解しておくのが実態に近いといえます。

ケース別に見る明渡しの難易度

建物の老朽化・耐震性の不足を理由とする場合

最も多い類型ですが、単に築年数が古いというだけでは正当事由として不十分です。裁判例でも、建物の老朽化を理由とする明渡請求の多くで、相応の立ち退き料の支払いが条件とされています。

正当事由を強めるためには、耐震診断の結果、修繕の履歴と今後必要となる修繕費の見積り、補修と建て替えを比較した経済的合理性の検討といった、客観的な資料の積み重ねが必要です。「老朽化しているから」という主張だけで交渉に臨むと、借主側から根拠を求められて行き詰まります。

建替え・土地活用を理由とする場合

収益性の向上を目的とする建て替えは、それ自体としては正当事由が弱い部類に入ります。ただし、建物の物理的な状態、敷地の有効利用が図られていない程度、周辺の状況などとあわせて評価されるため、老朽化の要素と組み合わせて主張を構成することになります。

貸主自身やその親族が使用する場合

貸主側に建物を使用する具体的かつ切実な必要性があるケースでは、正当事由は強く評価されます。高齢や病気により住み替えが必要になった、家族と同居するために当該建物を使う必要が生じたといった事情です。

ただし、この場合も借主側の事情との比較になります。借主が高齢である、病気の治療のために近隣の医療機関に通院している、長年その場所で生活してきたといった事情があれば、立ち退き料は上振れします。

転貸・サブリースがある物件の明渡し

所有する建物を一括で借り上げてもらい、その業者が入居者に転貸しているケース(サブリース)や、賃借人が貸主の承諾を得て第三者に転貸しているケースでは、明渡しの進め方が一段複雑になります。オーナーと直接の契約関係にあるのは賃借人(サブリース業者)だけであり、実際に建物を使用しているのは契約関係のない転借人だからです。

原契約(マスターリース)にも借地借家法が適用される

まず前提として、サブリースの原契約にも借地借家法が適用され、賃借人であるサブリース業者は借主として保護されます。オーナーの側から契約を終了させるには、通常の賃貸借と同じく更新拒絶または解約申入れと正当事由が必要であり、立ち退き料が問題になることもあります。「事業者同士の契約だから自由に解約できる」という理解は誤りです。

転借人への通知と6か月の経過

次に、原賃貸借が終了したとしても、それだけで転借人に明渡しを求められるわけではありません。建物の転貸借がある場合において、原賃貸借が期間の満了または解約の申入れによって終了するときは、貸主は転借人にその旨を通知しなければ、終了を転借人に対抗することができません。そして、通知をした場合であっても、転貸借が終了するのは通知から6か月を経過した時点です(借地借家法34条)。

これはスケジュールに直接影響します。原賃貸借の終了時期を決めたうえで、そこに転借人への通知と6か月の経過を積み上げる必要があるため、実際の明渡しまでの期間は、直接賃貸している場合より半年以上長くなるのが通常です。入居者が多数いるサブリース物件では、全員に対して確実に通知を行い、その記録を残す作業も生じます。

合意解除は転借人に対抗できない

見落とされやすいのが合意解除の扱いです。オーナーとサブリース業者が話し合って原契約を合意により解除しても、その解除を転借人に対抗することはできません(民法613条3項)。業者との間で話がついたからといって、入居者が退去しなければならないことにはならないということです。転借人との関係を整理するには、正当事由に基づく終了と、前記の通知の手続きを踏む必要があります。

したがって、転貸のある物件で建て替えを計画する場合には、原賃貸借の終了、転借人への通知、6か月の経過、そして個別の明渡し交渉という四つの段階を前提に、通常より長い期間を見込んだ計画を立てることになります。

立ち退き料を適正な範囲に抑えるための実務

通知を出す前に正当事由の裏付け資料を揃える

繰り返しになりますが、立ち退き料は正当事由の不足を補うものです。したがって、交渉を始める前にどれだけ正当事由を積み上げられているかが、最終的な支払額を決めます。

耐震診断書、建物の劣化状況の調査報告、修繕費の見積り、建て替え計画の具体的な内容と資金計画、貸主側で建物を使用する必要性を裏付ける資料。これらを揃えたうえで通知を出すのと、口頭で「建て替えるので出てほしい」と伝えるのとでは、交渉の展開がまったく異なります。

交渉材料は立ち退き料だけではない

交渉が金額だけの押し引きになると、双方が譲れなくなり硬直します。実際には、貸主が譲歩できる材料は金額以外にも複数あります。

明渡しの時期に幅を持たせる、立ち退き料の一部を退去前に支払って移転費用に充ててもらう、敷金を全額返還する、原状回復義務を免除する、貸主側で移転先の候補を探して提案する。こうした条件を組み合わせることで、金額を抑えながら合意に至れる場合があります。

特に、移転先の候補を貸主側から具体的に提案することは、有効な手段になり得ます。近隣に条件の近い物件が存在することを示せれば、現在の場所でなければならない必然性が乏しいという評価につながり、立ち退き料の算定にも影響します。

交渉開始は明渡し希望時期の2年前を目安に

時間的な余裕は、交渉における最大の資産です。建て替え工事の着工時期が迫った状態で交渉を始めると、貸主側に選択の余地がなくなり、借主側の提示額を受け入れざるを得なくなります。

複数の入居者がいる物件では、応じてくれる方から順に合意していく必要があり、全戸の明渡しには相応の期間を要します。実務的には、明渡しを希望する時期の2年程度前から着手するのが一つの目安です。

造作買取請求・原状回復義務との関係

借主が貸主の同意を得て設置したエアコンや内装造作について、契約終了時に時価での買取りを請求される場合があります(借地借家法33条)。もっとも、造作買取請求権は同法37条が定める強行規定の対象から外れており、任意規定と解されています。契約書で買取請求権を排除する特約を定めておけば、この請求を封じることができます。既存の契約にこの特約があるかどうかは、交渉に入る前に確認しておくべき事項です。

また、建物を解体する前提であれば、借主に原状回復を求める実益は乏しくなります。原状回復義務の免除を交渉材料として活用する余地があります。

立ち退き料の税務上の取扱い

支払った立ち退き料をどのように処理するかは、何のために明渡しを受けるのかによって異なります。ひとまとめに「必要経費」と考えていると、資金計画に狂いが生じます。

明渡しを受けた後も引き続きその建物を賃貸する場合には、支払った立ち退き料は不動産所得の金額の計算上、必要経費として扱われます。

これに対し、土地や建物を譲渡するために賃借人に明け渡してもらう場合には、立ち退き料は譲渡費用として、譲渡所得の計算において控除されることになります。

そして、建物を取り壊して跡地に新たな建物を建築する場合のように、新たな資産を取得するために支払う立ち退き料は、その資産の取得価額に算入されるものとして扱われます。この記事が主に想定している建て替えのケースは、多くがこの類型に当たります。支出した年の必要経費として一括で処理できるとは限らないという点は、資金繰りを考えるうえで押さえておく必要があります。

なお、立ち退き料は資産の譲渡等の対価には当たらないため、消費税は課されないのが原則です。いずれの取扱いについても、実際の処理は顧問税理士にご確認ください。

明渡しが実現するまでの流れと期間の目安

通知から合意書の締結まで

まず正当事由の裏付け資料を準備し、期限に留意して更新拒絶の通知または解約申入れを行います。その後、借主との交渉に入り、明渡しの時期、立ち退き料の金額と支払時期、原状回復や敷金の扱いについて協議します。

合意に至った場合は、必ず書面で合意書を作成します。明渡しの期限、立ち退き料の金額と支払方法、期限までに明け渡さなかった場合の取扱い、清算条項を明記しておくことが重要です。立ち退き料の支払時期は、明渡しの完了後とするのが原則ですが、借主の資力によっては一部を先払いする対応が必要になる場合もあります。

ここで注意が必要なのは、合意書を作成しても、それだけでは強制執行ができないという点です。約束の期限が来ても借主が退去しない場合には、改めて明渡請求訴訟を提起し、判決を得るところからやり直すことになります。合意書を公正証書にしても事情は変わりません。公正証書によって強制執行ができるのは金銭の支払いを目的とする請求に限られており、建物の明渡しはその対象外だからです。

そこで、明渡しの実現を確実にしたい場合には、即決和解(訴え提起前の和解)の利用を検討します。簡易裁判所に申立てを行い、和解が成立すると和解調書が作成され、これが債務名義となります。期限までに明け渡されなかった場合には、この和解調書に基づいて直ちに強制執行を申し立てることができます。立ち退き料が高額な事案や、明渡しの期限が工事の着工日と直結している事案では、この手続きを経ておく価値が高いといえます。

交渉のみで解決する場合、数か月から半年程度で完了することが一般的です。

合意できない場合の法的手続き

交渉が決裂した場合には、建物明渡請求訴訟を提起することになります。裁判所は正当事由の有無を判断し、必要と認める場合には立ち退き料の支払いと引換えに明渡しを命じる判決を出します。

ここで極めて重要なのが、訴訟において立ち退き料の申出をしておくことです。裁判所は、貸主が申し出てもいない立ち退き料を職権で認定してくれるわけではありません。判例上、裁判所が認定できるのは、貸主が申し出た額を大幅に超えない範囲にとどまるとされています。したがって、訴訟では「立ち退き料を支払う必要はない」という主張だけで押し通すのではなく、「裁判所が相当と認める額の立ち退き料の支払いと引換えに明渡しを求める」という予備的な申出をあわせて立てておくのが通常です。これを怠ると、正当事由が補完されないまま請求が棄却されるおそれがあります。

このとき、裁判所が認定する立ち退き料が、貸主が交渉段階で提示していた金額を上回ることは十分にあり得ます。逆に、正当事由が弱いと判断されれば、立ち退き料をいくら積んでも請求が認められないこともあります。

訴訟には、第一審の判決まで1年前後を要するのが通常です。また、訴訟中に借主が第三者に占有を移してしまうおそれがある場合には、事前に占有移転禁止の仮処分を申し立てておく必要があります。

強制執行に至った場合

判決が確定しても借主が任意に明け渡さない場合、強制執行の手続きに進みます。もっとも、立ち退き料の支払いと引換えに明渡しを命じる引換給付判決を得た場合には、強制執行に着手するために、立ち退き料を現実に提供したことを証明する必要があります。判決を得ればただちに執行できるわけではないため、支払いの準備とその証拠化までを含めて段取りを組んでおく必要があります。

執行手続では、執行官による明渡しの催告を経て、断行日に残置物の搬出と建物の明渡しが実施されます。

執行費用として、残置物の運搬・保管費用、作業員の人件費などを予納する必要があり、物件の規模によっては数十万円から百万円単位の費用が生じます。この費用は借主に請求できますが、回収可能性は借主の資力次第です。強制執行まで至った場合の総コストを踏まえると、交渉段階での合意にはそれ自体に経済的な価値があります。

札幌・北海道で明渡しを進める際の注意点

積雪期は転居も工事も制約を受ける

道内で明渡しを進める場合、季節による制約を計画に織り込む必要があります。

冬季の転居は、借主にとって現実的な負担が大きく、除排雪の状況によっては引越し自体が困難になります。「12月末までに退去してほしい」という要求は、それ自体が交渉を難航させる要因となり得ます。

また、解体工事や新築工事も、凍結期は施工条件が限られ、実質的な工期は融雪後に集中します。春の着工から逆算すると、前年の秋までには明渡しを完了させておく必要があるという計算になり、そこから2年程度さかのぼった時期が交渉開始の目安となります。本州の物件と同じ感覚でスケジュールを組むと、期限に追われて不利な条件を飲むことになりかねません。

老朽化を理由とする場合に必要な資料

道内の賃貸物件は、積雪荷重や凍結融解の繰り返しによる劣化が進みやすいという特性があります。屋根の変形、外壁の凍害によるひび割れや剥落、給排水管の凍結による破損の履歴などは、老朽化を裏付ける具体的な事実として活用できます。

漠然と「古い建物なので」と述べるのではなく、寒冷地特有の劣化要因を専門家の調査により明らかにし、修繕を重ねるより建て替える方が合理的であることを資料で示す。この積み重ねが正当事由を強め、結果として立ち退き料を抑えることにつながります。

契約段階での予防と弁護士に依頼するメリット

定期建物賃貸借契約の活用

将来的に建て替えや売却を予定している物件については、定期建物賃貸借契約の活用が有効です。定期借家契約では契約の更新がなく、期間の満了によって確定的に終了するため、正当事由も立ち退き料も原則として問題になりません。

ただし、成立させるには要件があります。契約は書面(その内容を記録した電磁的記録による場合を含みます)によること、契約書とは別個の書面により、更新がなく期間満了により終了する旨を事前に交付して説明すること、そして期間が1年以上の場合には、期間満了の1年前から6か月前までの間に終了の通知をすることが必要です。この事前説明を欠くと、更新がない旨の定めが無効となり、通常の賃貸借契約として扱われてしまいます。

さらに、活用の場面には大きな制約があります。居住用の建物については、現に普通借家契約で貸している物件を、いったん終了させて定期借家契約に切り替えることが、法律上、当分の間できないものとされています。すでに入居者がいる住宅について、次回の更新時に定期借家へ変更するという対応は取れないということです。したがって、居住用物件で定期借家契約が選択肢になるのは、新たに募集する住戸や、明渡しを受けて建て替えたうえで再募集する場合ということになります。

これに対し、店舗や事務所などの事業用建物については、この制限はありません。既存の契約を合意により終了させ、定期借家契約として結び直すことも可能です。テナントビルの建て替えを中長期的に検討している場合には、契約の更新時期に合わせて切替えを提案していく方法も考えられます。

顧問弁護士による賃貸借契約の見直し

複数の物件を所有・管理されている場合、個別の紛争が起きてから対応するよりも、契約書の型を整えておくことの効果がはるかに大きくなります。造作買取請求権の排除、用法遵守義務の明確化、定期借家契約の使い分けなど、契約段階の設計が将来の明渡しの難易度を決めます。

ご相談の流れと弁護士費用の考え方

当事務所では、まず賃貸借契約書と物件の状況を拝見したうえで、正当事由がどの程度認められそうか、立ち退き料としてどの程度の水準を想定すべきか、明渡しまでにどれくらいの期間を見込むべきかを整理してご説明します。

そのうえで、通知書の作成、交渉の代理、合意書の作成、訴訟が必要な場合の対応まで、一貫してお引き受けします。交渉の窓口を弁護士に一本化することで、感情的な対立を避け、オーナーご自身が入居者と直接やり取りする負担からも解放されます。

弁護士費用は、物件の規模や入居者の数、交渉か訴訟かによって異なります。ご依頼前に見積りをお示ししますので、内容にご納得いただいたうえでご判断ください。

まとめ

建物の明渡しは、正当事由の準備、交渉の進め方、スケジュールの三つが噛み合って初めてスムーズに進みます。そして、そのいずれもが早期に着手するほど選択肢が広がるという性質を持っています。

札幌・北海道で賃貸物件の建て替えや土地活用をご検討中のオーナー様、入居者との明渡し交渉でお困りの方は、計画の初期段階でぜひ一度、すがの総合法律事務所までご相談ください。

Last Updated on 2026年9月17日 by kigyou-sugano-law

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